カウントダウンが始まったよ~

年が明けました。

 

ブログもサボってました。っていうかさ、稽古も佳境に入ってきてどんどん進むもんで、書くことが多すぎて逆に書けないという矛盾。いやいや自分の”脳”力の限界、多すぎて覚えていられないという……。

 

 

年が明け、初稽古も済ませ、あと10回稽古をすると本番! マジかって叫び出したい!

だってさー、アレってまだじゃない? アレとアレとアレってこれから稽古付けるんだよねぇ??

 

で、で、できるかーーー!!!(心の声)

できるかどうかじゃない やるんだよ!! やりきるんだよっ!!!(心の声)

 

 

 

そんなわけであと一ヶ月で本番を迎えちゃうわけです。お話しも良い、曲も素敵、踊りも格好いい、キャストも仕上がってきた!

 

 

 

が、何かが足りない………、いや、何かを持て余している………。

そう! チケットだ!! チケットがまだまだあるのだ!!!

 

まぁ、お陰様で昼公演のチケットは売り切れ寸前。

でもねぇ、夜公演のチケットはまだまだあるのよー。

 

 

 

どこで読んだのか覚えてないけど

”舞台は観ただけでは終わらないんだよ、そのあと、あーだこーだと感想を語り合って感じ方の違いを共有する、そこも含めて観劇なんだよ”

ってゆーよーな事がね、書いてあったのよ。ってことはさー、製作スタッフ、キャスト(演者)、裏方表方、そして「観に来てくれる皆々様」全部が揃って初めて舞台が成立するって事よねー。そう、ミュージカルには、貴方の参加が必要なのさ!

 

 

 

 

”どうしよっかなー?”とか悩んでない?

「中の人」の友人がいいこと言ってましたよ。

「買わなきゃ予定は決まらないんだよ、予定を調整してたら結局買わずに終わっちまうんだ。だから今回は先に買うよ!」(前回は買わずに終わったんだねぇww)

 

 

 

 

悩んでる時間がもったいないぜ!

スタッフ・キャストが全力で貴方をお迎えするぜ!

絶対、後悔はさせないぜ!(ちょっと不安)

 

と言うことで、是非、観に来てくださいな♡

ハーモニーは美しく響くだろうか

「中の人」の役名は藤川(夫)という。夫と言うからには妻がおる。つまり「中の人」は夫婦の役柄である。

音入れ真っ最中 画面とにらめっこの図

 

 

ミュージカルであるから歌を歌う。男性はだいたいにおいて主旋律、メロディを担当する。藤川(妻)はメゾソプラノ担当である。

全然関係ないけど稽古場のそばにあるお稲荷様
顔がなくなっちゃうほど歴史があるのだろうか

 

 

普段の歌練習はパート毎に固まるので「中の人」の周囲からは男性の声しか聞こえない。まぁ、それはそれで安心して歌えるので良いのだが。

 

選抜メンバーによるダンス 見応え充分 楽しみにしててね♡

 

 

稽古も進んで、ステージ上での立ち位置やら移動やら台詞やら芝居やらの稽古をしている。すると、藤川夫婦で一緒にいる場面が増える。当たり前と言えば当たり前だが。その状態で歌を歌うと、聞こえてくるのは男性の声ではなく藤川(妻)のメゾソプラノの歌声である。従って、「中の人」の耳には男性(主旋律)とメゾソプラノコーラス)が聞こえてくる。それはそれは美しいハーモニーである(藤川(妻)がどう思っているのか確認したことはない、そんな野暮なことは恐れ多くて出来ない)。1人で暢気に有頂天になっている。最近の稽古の楽しみは藤川(妻)との声のコラボである。他のことはどうで……………。

初めて人前で披露したときの集合写真

 

ここにソプラノとアルトが加わり4声のハーモニーになったりもする。2人でも美しいのであるから4声になったらさぞや美しかろうと想像するのだが、しかし確認するすべはない。何故って客席側にいけないから。ハーモニーが美しく響いているかはただただ客席に座る人にしか判断されない。

稽古帰りに満月の写真を撮ってみたけど……

 

 

 

いや、きちんと美しく響くように届けなくてはならぬ、のである。

う~~~ん、がんばろうっと。

舞台稽古をしましたよってお話しです

えーと。。。。。下書き保存したはずのデータがない!

 

 

 

ナンテコッタ! ナンテコッタとパンナコッタってなんか似てるよね。って思ってたらこれをネタにしている人がいたよ。ビックリだよね。閑話休題

 

舞台衣装も自分たちで作ります

 

何を書いていたかというと。。。そうそう。舞台稽古をしましたよってことでした。舞台は思っていたよりは狭くて、狭いくせに客席まで声はあまり届いてないらしいよってことを書いたんだよね。その程度のことを1,500字くらい使って書いたんだよね。けどまぁなに?それを復元する気力はさらさらありませんな。

 

舞台のどこかにお目見えするはずです。
探してみてね。

 

兎にも角にも台詞なのです。これを客席にしっかり届けなくてはならんのです。お客さんが聞いていて違和感がないくらいに自然な言語で、しっかりとした音量で。

 

 

そんな難しいこと言われてもなぁ。。。。とか思うわけですよ。なんせ「中の人」は学芸会ですらまともにやったことがありません。大道具係とか小道具係とかスポットライト係とか、ひたすら逃げ回って舞台に上がることを拒否し続けた幼少時代。それでも逃げ切れずに宛がわれた役は”犬3”、台詞は”わんわんわん!”のみ、いや懐かしい。

 

 

平たく言えば”シャイ”なんです、「中の人」は。そんなシャイボーイが”期待に応えられる台詞を吐けるわけないじゃないか!”と内心思うものの、そんな弱気なことを言っていられる状況でもないことだけは理解しておるわけで。

 

いつもぐちゃってなる列がこの日は綺麗に出来た。
稽古した甲斐がありますねぇ。
あ、写真は稽古前の練習中の場面で、並びを確認してるとこ

 

 

ということで特訓です! 普段の稽古時間以外の稽古が増えます! それくらい猛特訓してくんないと困るんですよ、出来ないんだから。

 

 

でもねぇ。稽古の時間が増える=余暇が減る=”模活”に充てる時間が取れない、てことなんよ。好きなことが出来ないとストレスたまるじゃないですかぁ。そんでもって「この際、明日が本番でいいよ! 台本出来てないけど」なんてしょうもない逃避妄想が脳内をぐるぐる駆け巡る始末。

 

 

あ~早く本番終わんないかなぁ(ちょっと本音)

一週間くらい部屋にこもって模活したいよー(だいぶ本音)

誰か1日を50時間くらいにする魔法発動してくんないかなぁ(やけっぱち)

曲も見所の1つですっていうお話しです

問題です。(ジャジャン)「雨の日も」に続く言葉は次のうちどれでしょう?

① 風の日も

② 晴れの日も

③ 雪の日も

正解は!

(ドゥルルルルルルルー、ダン)

 

 

 

 

劇場で、自分の耳確認しよう!

2月8日9日さいたま芸術劇場へ!

 

 

 

でも、あれよね。

宮沢賢治的には①よね。

西田敏行的には①があってからの②よね。

③って何かあるんかいな?

 

 

そんなわけで、新曲がおりてきました。先週の稽古は、ほとんど新曲祭りってくらい新曲の稽古でした。

 

 

 

なんかね、「作曲家ってすごいなぁ」って思うわけですよ。

 

短期間の内に何曲も作るだけでもすごいんだけど、その曲の一つ一つの中にしっかりと物語の世界観を落とし込んでいくわけじゃない。

 

しかもさー、物語全体じゃなくて、一場面だけを落とし込むわけですよ。ミュージカルだから。

 

 

ドラマとかアニメとかのテーマ曲も、うまいこと世界観を表現している曲は素直に感動するわけだけど。。。

 

 

それを、「場面毎に切り取って表現して、かつ、1つの曲として成立させる」ってことを限られた期間内にいくつも生み出すって。。。しかも、どの曲取ってもいい曲っていうかオサレっていうか。いや、ハンパネーって感じ。

 

 

 

まぁ、なかにはさー、難しくって歌えねーよーって思う曲もあったりなかったりするんだけどさー。難しいから気を抜けないしさー、歌ってて気持ちよくないしさー。

 

って、実はそれが大切だったりするじゃない。難しい→気をつける→嫌でも集中力が維持される。みたいな。。

 

 

 

 

ところがですよ。

 

今回の新曲はですねぇ。なんかこう歌いやすいんですよ。歌いやすいということはですよ、歌ってると気持ちよくなっちゃう系なんですよ。

 

 

これは危険。だいたいね、気持ちよくなっちゃうヤツは基本的に危険なヤツが多いんですよ。スイーツとか炬燵とか。炬燵番長が炬燵から出られなくなるのも仕方ないんですよ。閑話休題

 

 

 

気持ちよくなっちゃうとねぇ、集中力が飛んでっちゃう時があるんですよ。トランス状態って言うんですかね? 頭んなか真っ白んなって歌詞が飛ぶくらいならかわいいもんですよ。もうねぇ、なんか全部どうでもよくなっちゃうの。

………

………………………

………………………………………………………ヤバいよね。

 

 

 

 

 

今作品、全ての曲が見所(聴き所?)です!

オサレな曲達を聞いて、一緒にオサレな気分に浸ってください!

 

 

劇場でお待ちしてます!

※今回は載せる写真がない!ってことに気がついて驚愕してます※

合宿は楽しいよ!

合宿!

 

タガタメチーム2回目の合宿をやりました!

内容は盛りだくさん 盛りだくさんすぎて 全ては書き切れない

初日はまさかの雨 合宿の行く末を 占うかのよう………

 

 

 

そんな不安を振り払った 一番の重要ポイント!

台本第二稿が配布されました パチパチパチパチ

 

 

 

なんかこう……厚い

台本が………

そしてこう………… 台詞が…………  多いね(中の人の)

これはもう 叫ぶしかない

 

 

 

 

話が違う!! 責任者は何処!!!!

 

 

 

 

でもね

一応 完成を見たのは 一幕で

二幕は これから だいぶ手が入るらしい

ってことはよ  もっともっと厚くなるのよ(たぶん)

中の人の台詞も増えるのよ(たぶん)

 

 

 

これはもう 先に叫んでおくしかない

 

話が違う!!!

責任者は何処!!!!!!

 

 

 

振り付けだって 覚えたそばから抜けていく というのに

台詞なんぞ 覚えられようもない ではないか 我が灰色の脳細胞が………

(いちおうアリバイはつくっておくよ)

 

 

お昼ご飯は待望のカレー

 

台本ができちゃったから 稽古が進むの

ドンドコ ドンドコ ドンドコと

9月から練習してきた 歌と踊りを確認して 新しい踊りを振り入れして

 

 

 

少しは復習の時間はあるかしらん?

などと思っておったけども もくろみは完全に外れ………

 

天気が良くて夕焼けも綺麗

 

スペシャルゲスト登場!

今も 避難生活をしている Hさんご夫婦

ミュージカルの為に 震災被災者の避難生活 その体験を お話しに来てくれました

 

 

涙無しには聞かれない お話しの数々

でもね   を流すことで 満足してはいけない   はずで

そこは 決してゴールではなく   流しきった先に

開けて見える かもしれない 景色

開けて見える はずの 景色

観に来てくれる人たちの 瞼に浮かび上がらせる ことが できるか

頭の片隅に 植え付ける ことが できるか

 

 

今シーズン初の雲海を見る

 

もっとも  それさえもゴールではなく

スタートなのかも   しれなくて

そこに  向かおうと すること

決して  たどり着かなくては ならない   わけでもなく

到達する  ことでも   なくて

向かう意思を   決意を   持ち続けることが

他人事 だったことが  自分事 にかわる    瞬間であり得

 

鳴子(改良版) これでもう滑らない!

 

その瞬間を 関わった人 全てで

共有する

作り出せる  だろうか

 

※「スペシャルゲスト登場~ここまで」は、合宿の最後に出された宿題の回答になります※

 

劇場でボクを見つけてください

 

そんなこんなで 合宿中に 一幕の頭から

踊り・歌・芝居・立ち位置 なんやらかんやら

無事に?  通しましたとさ

こりゃぁ大変だわ

 

帰り道で見かけた牛

 

チケット販売も始まりました

2025年2月8日・9日は さいたま芸術劇場へ!

待ってま~~~~す

忘れ物はなんですか?

はとかく忘れ物が多い。”ついうっかり”などというレベルではなく忘れ物が多い。ほぼ毎日、何かしら忘れる。ここまで多いともはや趣味のレベルと言っても過言ではないかも知らん。

 

そこまで多いからには、本人にもその自覚はある。ありすぎるくらいあるのである。そんなわけで、出かける前には「声出し確認」、「指さし確認」を欠かさない。

 

にもかかわらず、である。必ずと言っていいほど何かを忘れる。

 

 

玄関を出て数歩のところで気がついたら幸いである。が、気がついたところでさして気にも止めない。

”やれやれ、またかよ。まぁ、なくてもなんとかなるか。”

と独りごちるくらいが関の山。そのまま外出してしまうところがたる由縁であるか。だから、忘れ物癖が治らないとも言える。どこでどう間違うとこのような人物が育つのか。甚だ疑問である。責任者は何処?

 

 

そんなにも忘れて困る物がある。”定期券”である。勤め人の必需品。こればかりは忘れては困る。そこでは考える。決して忘れないだろう物を。

”家に入れなくては困るからなぁ、家のカードキーと一緒にしておけば忘れることはあるまい。これで安泰であるなぁ”

なりの解決策を試みるのである。が、カードキーごと定期券を忘れる。もはや付ける薬はない。責任者は何処?

 

 

 

とは言え、読者諸賢もそうそう笑っては居れまい。日々の生活のレベルに限らず、人生という長い目で見れば本当にいろいろな忘れ物をしているはず。なにせ、人は忘れる生き物である。忘れるから新しいことを吸収でき、忘れるから健全でいられる、そんな生き物である。

 

そんなわけだから、忘れ物は”物”だけにとどまらない。実に多くの思い出までも忘れている。幼少時代の級友の名前など微塵も残らず忘れておる

 

 

が、そんなでもふとした瞬間に、思い出を蘇らせる瞬間がある。例えば、掃除の合間に見つけたネジ、どこからともなく流れてくる音楽、はたまた匂い等々。記憶や思い出とは全く形の異なる”物”に触発されて、カチンコチンに固まった思い出箱の蓋が開く。楽しいものやイライラするもの、できれば見つけたくなかった思い出までも飛び出してくる。恥ずかしさのあまり居ても立ってもいられず穴を探すも、そうそう都合の良い穴はない。1人身悶えするのもやむなしである。

 

 

はてさては思う。

”思い出とは物に宿るのか、己の脳に宿るのか”

”物に宿るは八百万の神である、ならば思い出とは神様であるか、南無南無”

 

 

 

思うに、思い出とは記憶である。記憶であるからには脳細胞の何処かに鎮座ましましておる。あまりにも神々しく鎮座ましましておるからうかうかと近づけない。

 

ひとたび”物”に出会おうものなら、喜び勇んで飛び出してくる。そはどこかの大魔王のように。呼んでもないのに出てくるのだから迷惑千万甚だしいことこの上ない。

 

 

となれば、”物”には”思い出の残滓”が染みついておる、と考えるにやぶさかではなかろう。読者諸賢よ、”物”に対するときは重々気をつけるがよろしい。うかつに思い出の残滓に触れようものなら、彼のように1人身悶えすることとなろう。

 

 

”思い出の残滓”に溢れかえる場所がある。どこであろうか。

 

被災地である。災害の後に置いてけぼりにされた町であり、家であり、なにやかにやである。住めなくなった場所で思い出の残滓と出会ったとき、あなたはどうするであろうか。手に取るか、連れて帰るか、残して去るか。

 

 

とかく忘れ物が多いは、そのような場所があることさえ忘れてしまう。思い出の残滓と対峙し苦悶する人々の存在を忘れてしまう。

 

なれば賢明なる読者の皆様には、彼の代わりに覚えておいて頂きたい。フクシマは今もそうした場所の1つだということを。

 

 

======================================

 

という感じのお話があるとかないとか。

 

 

真相を確かめに、是非、さいたま芸術劇場へ足をお運びください。

2025年2月8日(土)、9日(日)はサイタマゲイゲキへ!

ジャズと鳴子と私

Aimはジャズダンスのサークルである。

であるからには、ミュージカルのステージもジャズダンスになる!……はずである。

 

 

 

とは言え、ブログの中の人はジャズダンスがいかなるものか、皆目分かっておらんのである。

なので「これもジャズである!」と高らかに宣言されたら、「そうであるか」と受け容れる以外にないのである。

 

 

 

 

今日の稽古はこれを使う!

 

 

 

と渡された物…………、それは………、

 

 

 

 

いくら中の人がジャズダンスが分からないとは言え、これだけは分かる

 

 

これはジャズではない!と。

 

 

 

どちらかと言えば、いや、どちらかと言わずに

「和」

である。

 

 

 

ジャズという西洋気触れの洒落っ気なんぞはどこ吹く風という存在感。

親類縁者に太鼓がいるに違いない打音。

その名も

 

「鳴子」

 

である。

 

 

 

 

この「鳴子」がどのように使われるのか?

 

ジャズ×鳴子の化学反応を是非、

 

 

その目でお確かめあれ!

 

 

 

 

 

ところで、中の人は「手汗派」である。クライミングでも滑り手向けのチョークを愛用するぐらい「手汗派」である。「手汗派」と書いておいてなんだが、そんな派閥があるわけではないのでご注意頂きたい。しかし、そんな派閥を作りたくなるくらいの「手汗派」である。

 

 

 

手汗鳴子相性が悪い

鳴子を打ち鳴らす度に手から滑り落ちるのではないかとヒヤヒヤしている。滑り落ちるくらいならまだ良い。打ち鳴らしたひょうしに客席まで飛んでいかないかとビクビクしている。

 

 

 

客席の皆様には、演者が鳴子を手にしたならばすぐさまを広げ、身の安全を全力で守ることをお薦めしたいものである。

 

 

 

しかし、傘を差そうものなら観劇の邪魔となり、周囲から冷たい視線やら野次やら暴言やらが飛んでくるに違いない。劇場から追い出されるかもしれない。

 

 

もし本当にそんなことになっても、中の人はその責任を一切取らないことを宣言しておく!